—鎧塚シェフの手掛けるスイーツは、どれも彩豊かですよね。パティシエにとって、デザインとはどういうものでしょうか。
鎧塚:そうですね。昔から「宝石のような美しいスイーツ」という言葉がありますが、実はあまり好きではありません。「美しい」だけで「食べたい」と思ってもらえないスイーツは失敗ですから。僕の場合デザイン、つまり形からは入りません。例えば、最初から「背の高いスイーツをつくろう」などと形を決めてしまうと、どうしても味に無理が出てくるのです。新しいメニューを考える時の大前提は「美味しい」ものであること。まず最初に、味を完成させるための材料を選びます。魅力的なデザインはもちろん大切ですが、スイーツには、何よりも「美味しい」ことが欠かせないのです。
—スイーツならではのデザインは、あるのでしょうか?
鎧塚:あります。それは、後に残らないスイーツ独特の色合いや表現の美しさです。
当店では、ライブで召し上がっていただける「カウンターデザート」に力を入れていますが、お客様に提供して10秒、15秒後には形が変化していきます。実はこれが美しいんです。例えば、アイスクリームが溶けて表面に出てくるなんとも言えない光沢。スイーツにあしらったキャラメリゼに火を通した時に現れる、キラキラとした透明感。見ていて「おいしそう!」と思ってもらえることこそが、建築や絵画と違った、独特の魅力だと思います。形として残らないスイーツを、いかに魅力的にデザインするか。それがパティシエにとっての難しさであり、誇りでもあるのです。
—奥深いですね。デザインを変えることで商品の人気が高まる、といったこともありますか?
鎧塚:はい。デザインや盛り付けによって、見え方や印象は大きく変わりますから。例えば、当店のスイーツに使われているフルーツも、その表情が毎日のように変わります。「今がまさに美味しい時」という顔をした瞬間を見極めて使うことで、スイーツの「美しさ」「美味しさ」に繋げていく。それもパティシエの大切な仕事のひとつです。
—鎧塚シェフは、どんなところからデザインの発想を得ていますか?
鎧塚:フランスでコンクールに出品していた頃は、幅広いジャンルに興味を持って、発想のもとを蓄積しました。勝てる作品に仕上げるためには、過去の優勝作品を参照するだけでなく、全く新しいプランやデザインを組み入れていく必要があります。パリではヴァンドーム広場の様々なお店のディスプレイ、スペインではガウディ。ベルギーでは、街で出会ったアールヌーボー建築のバルコニーの曲線美に感動して、そこから発想を受けたりもしました。とにかく蓄積していくことが大切なんです。
修行時代には、世界的に有名な絵画も見て回ったりしましたが、同じ絵画を10年後にもう一度見に行くと、自分の感じ方が全く変わっていることに気がついて。年齢やポジションによって、発想もデザインも変わっていく。それでいいと思っています。例えば最近では、このサイトにもご登場されている、大先輩の河口洋一郎さんの作品。大好きですが、なかなかスイーツのデザインには生かせません(笑)。でも、その世界観は素晴らしいと感じます。
—発想を蓄積する対象も様々なんですね。では、日頃からスイーツづくりで大切にされていることは?
鎧塚:スタッフにもよく話していますが「勢い」です。いいケーキ屋さんには、入った瞬間に「勢い」のあるオーラを感じます。
ベルギーで修行していた頃、大好きなケーキ屋さんがありました。ある日久しぶりに訪れると何かが違っていた。ケーキのデザインも店舗の内装も変わらないのに「勢い」がない。確認したら、シェフが変わっていました。他は何も変わらないのに、そこから発せられる「勢い」が変わっている。シェフの持つ「勢い」がケーキにも現れていたんです。不思議ですし、奥深いと感じました。
例えば、刀鍛冶が生み出す刀は、打つ人の心が大切だと言います。邪念を持った人が打つと、血を吸いたがる妖刀に仕上がるとも言われています。つくり手の心が宿るというのは、スイーツでも、建物や絵画でも同じ。例えば、モナリザが何世紀にも渡って人の心を惹きつけているのも、レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた時の思いが強く込められているからだと感じます。
—つくり手の思い入れの強さで、スイーツにも違いが出るということでしょうか?
鎧塚:違いは出ます。例えば、小田原の農場「一夜城 Yoroizuka Farm」では、ブルーベリーや湘南柑橘などを育てていますが、自らが丹精込めて作ったものには「勢い」や気合、オーラが必ずある。このフルーツから安易にスイーツをつくることはできません。人の心を揺さぶるとは、そういうことです。素材にも味にもデザインにも、思い入れを持つことが大切です。
—海外で8年間過ごされました。パティシエの世界で日本と海外の違いはありますか?
鎧塚:僕の先輩方の時代には、当時日本にはなかった技術、道具、素材など、学ぶことがたくさんあったと聞きますが、そういう面では、日本と海外に大きな違いはありません。
僕が身につけたのは、何より一人で戦うための力。海外で長く勝負していると、メンタルが強くなっていきます。今まで日本という国に、いかに守られてきたのかが分かるんです。一方、自分では何一つできないので、前に進むためには周囲の助けが欠かせません。その分、人に感謝する気持ちも強くなる。その思いがケーキや生き方にも出てきます。
—海外での日本人の評価について、感じたことはありますか?
鎧塚:そうですね。フランスでは、日本人のことをよく「ジョンティ」という言葉で表現します。直訳すれば「親切な人」という意味ではあるんですが、裏を返すと「毒にも薬にもならない人」という皮肉なんです。
僕自身、最近の日本人には丸くなりすぎている印象があります。例えば芸能界でも、昔はかなり尖ったいびつな人間が多かったのに、求められているキャラクターが変わったせいか、ずいぶん丸くなりました。日本全体に、不必要なものを許す余裕がなくなってきていると感じます。いびつで尖った部分を持っていた方が、デザインもスイーツもファッションも、面白いものを生み出すことができるはずです。ガウディがたくさんのパトロンに応援されていたように、大好きな河口洋一郎さんの存在が許されてきたように(笑)、いびつな人間が許容される世の中であってほしい。僕自身「いびつでありたい」という気持ちを強くしています。
—他に、海外で学ばれたことはありますか?
鎧塚:日本の文化の魅力を知ったことでしょうか。黒澤映画や北斎をじっくりと鑑賞したのはフランスでした。また現地の人からは、例えば「北斎をどう思うか」とか「天皇についてどういう考えを持っているか」など、実に様々なことを頻繁に聞かれました。海外では、常に自分の考えや意志を明確にしておくことが大切だと思います。
—この秋には、恵比寿でショコラティエをオープンされる予定とお伺いしました。
鎧塚:はい。全く違った新しいスタイルのお店です。とはいっても、僕が「やりたい」と思うことを追及したら、たまたま「今までにない」店になった。新しいスタイルとか、今まで誰もやったことがない店、というのは後付けです。世の中は常に進化していますから「こう変わるだろう」という予測のもとに動いている人は伸びない。全く新たなことを考えてないと、面白いものは生まれないと感じます。
僕の場合は、とにかく自分が「やりたい」と思っていることを、ワクワクしながら進めます。エクアドルのカカオ農園も「一夜城 Yoroizuka Farm」も「やらざるをえない」という思いからスタートしました。もちろん大きなことを成し遂げる時には、悪い面や副作用も伴います。そこを乗り切る力を自分の中に燃やして、チャレンジを続けることが、何よりも大切です。
偉そうなことを言っていますが、自分一人では何もできません。僕の思いを若いスタッフたちと共有して、一丸となってやっていく。それこそが成功に繋がる秘訣だと思っています。
今後は、アジアを皮切りにグローバルな展開も視野に入れています。アジア各国が一つになることで、強いパワーを発揮できれば、今以上に大きなことが実現できると確信しています。
鎧塚俊彦氏
1965年、京都府生まれ。関西のホテルで修業後、渡欧。海外各国で8年間修業を積む。ヨーロッパで日本人初の三ツ星レストランシェフパティシエを務めた後、帰国。2004年恵比寿にオープンさせた、スイーツの店「Toshi Yoroizuka」を皮切りに、新店舗を続々出店。また畑からの一貫した自社生産のショコラ作りを目指し、エクアドルに世界初のカカオ農園「Yoroizuka Farm Ecuador」、2011年には石垣山山頂に2000坪超の農園を併設したレストラン&パティスリー「一夜城 Yoroizuka Farm」をオープンさせ、この年ASEAN首脳会談40周年記念晩餐会でデザートを担当した。2016年には、新旗艦店「Toshi Yoroizuka TOKYO」をオープン。この秋には全く新しいスタイルのショコラティエを出店予定など、「やりたいこと」に果敢にチャレンジし続ける鎧塚シェフに、スイーツのデザインや未来の展望について伺った。